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旭堂小二三(きょくどう こふみ) 「東西、東ォ西ィ。 一座高うございまするが、真平御免な口上をもって申し上げ奉ります。 只今、ここリバティおおさかにて展示を相務めまするは「万歳(まんざい)」でございます。 万歳と申しまするは、扇を手にめでたい詞を述べて舞う太夫と鼓を手にあいのてを入れる才蔵が演じまする。 中世に千秋万歳といわれたこの祝福芸、人びとは毎年の訪れを楽しみにしておりましたが、災いを祓う不思議な力を持つ万歳師は、時に貶まれることもございました。 されど、万歳は時代の波の中を生き続けてございます。芸能は社会を映す鏡。万歳を通して如何な社会が見えますやら。隅から隅まで、ずず、ずいーとぉ、おん願い上げ奉りまする。」 |
小二三 「万歳の歴史は古く、平安時代には千秋万歳と呼ばれ、 新春になると公家や武家を始め庶民の家など 身分を問わず訪れて、芸をしておりました。 やがて万歳は春には欠かせぬ存在となり、 人びとは福をもたらすその力を期待し、 毎年の来訪を待ち望んでおりました。」 |
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小二三 「近世に大阪や京都で活躍したのが、奈良の大和万歳。 朝廷や公家、幕府の役所などで新春に万歳を行い、 その後、町や近郊の家々をまわりました。」 |
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小二三 「他にも、江戸で活躍した三河の万歳、 広く門付け(かどづけ)を行った尾張の万歳、 秋田や加賀、越前など、各地に万歳が登場しました。 太夫と才蔵の掛け合いを基本にしながらも、 それぞれが工夫を重ね、個性的な芸を創りあげていったのであります。」 |
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小二三 「しかし時に、万歳をする芸能者は 不思議な能力を持つ存在として畏れられ、 差別されることもありました。 そんな中、多くの万歳は、 次第に公家による支配を受けることになりました。 各地での活動の後ろ盾になってもらうことを期待し、 貢納金を納めるようになっていったのです。」 |
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小二三 「しかしながら、近代になりその公家たちも失脚。 後ろ盾を失った各地の万歳は神道と結びついたり、 旅芸人となることで活動を続けていったのです。」 |
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小二三 「そして、積極果敢に舞台に上がって、 全く新しい芸能を創るものも登場しました。 |
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小二三 「つまり、これが今日の漫才でございます。」 |
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小二三 「こうして、社会を反映し、流行を敏感に取り入れてきた万歳は、姿、形を変えながらも、時代の荒波を乗り越え、現在(いま)なお、生き続けているのです。
それでは、大阪情報箱、また来週にございまする。」
リバティおおさか第61回特別展「万歳〜まことにめでとうそうらいける」は、 平成19年11月11日までの間、リバティおおさか特別展示室にて開催中です。 リバティおおさかへのアクセスについては、こちらをクリックして下さい。 |
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